銀座本店News
香源News
2026年8月9日
令和8年8月8日。
世界的ダンサーのケント・モリ氏と香源との初コラボレーション塗香「THE FRAGRANCE OF JAPANESE SPIRIT」が発売となりました。
当日は香源ともかねてより親交のある、比叡山延暦寺南楽坊御住職、今出川行戒氏にもお越し頂きスペシャル座談会【舞と光と香】を開催。
今日はその様子をお届けいたします。

ダンサー×住職×お香屋三代目。
一見すると少し意外にも思える三人の組み合わせ。しかしその出会いの背景をたどっていくと、「光」という一つのテーマを通して、舞と仏教、そして香りがつながっていることが見えてくる。
ケント・モリ氏が「光」を強く意識するようになったきっかけは、2013年8月1日。
モリ氏はこの日、史上初となる現代ダンスの奉納の舞を伊勢神宮で行った。その際に撮影された写真に、無数の光の玉――「オーブ」が映り込んでいた。
それらを見たモリ氏は、ふと考えた。
普段私たちが目にしている光とは別に、目には見えない光があるのではないか。舞を通して、指先や身体から何かが放たれているのではないか。
その体験をきっかけに、モリ氏は「光」を自身の活動の大きなテーマとしていく。
そして、もう一つ大切にしてきた言葉がある。
「一隅を照らす」
これは、比叡山延暦寺を開いた最澄が残した言葉として知られている。
「一隅」とは、自分がいる場所、自分に与えられた役割とも捉えることができる。
つまり、「一隅を照らす」とは、大きなことを成し遂げようとするのではなく、まず自分のいる場所で、自分にできることをする。そして、その場所を明るくするということ。
一人ひとりが自分の場所で光を灯せば、その光はやがて周囲へ広がっていく。
自身の子どもたちの名前にも「光」の文字を取り入れるほど、「光」と「一隅を照らす」は、モリ氏の人生に深く根付いていった。
そんなモリ氏のもとに、思いがけない出会いが訪れる。
市川團十郎氏とダブル主演を務めた『THE BUSHIDO -舞志道-』に、和ろうそく職人の田川広一氏が訪れた。
後日、田川氏の工房を訪れたモリ氏は、そこで自身のテーマである「一隅を照らす」について何気なく話したという。
すると田川氏から、「ぜひ見てほしいものがある」と声をかけられた。
案内された先にあった、作りかけの和ろうそく。
そこに刻まれていたのは、なんと――
「一隅を照らす」
実はそのろうそくは、今回のゲストである今出川氏と田川氏が一緒につくっていた特別なろうそくだった。
一人が抱いていたテーマが、別の場所で同じように受け継がれていた。
田川氏の紹介をきっかけに、モリ氏は比叡山を訪れ、今出川氏と出会う。
舞う人と、祈りを受け継ぐ人。
立場は違っていても、二人が大切にしていたものは「光」であり、「一隅を照らす」という精神だった。

今出川氏に案内され、比叡山延暦寺総本堂の根本中堂を訪れたことがあるというモリ氏。
そこには、1200年もの間灯り続けている「不滅の法灯」がある。
この灯は、延暦寺の開祖・最澄が19歳で修行に入った際に持ち込んだ灯を受け継いだものだという。
1200年間、誰か一人が責任を負い続けてきたわけではない。
気がついた人が油を足し、必要な手入れをする。
その小さな営みが積み重なり、光は1200年もの間、消えることなく受け継がれてきた。
ここにも、「一隅を照らす」という考え方が重なる。
誰かが世界全体を照らすのではない。
自分ができることを、自分の場所で続ける。
その一人ひとりの行動が、次の人へと光を渡していく。
「一隅を照らす」という言葉が、1200年の時間を超えて、今も生き続けている。

イベントでは、「伝統」という言葉についても話が及んだ。
伝統というと、技術や芸術を後世へ伝えることを思い浮かべる。
しかし、今出川氏は技術だけではなく、精神そのものを伝えていく「伝灯」という考え方もあるという。
最澄が残した「一隅を照らす」という精神も、1200年を経て今に伝わっている。
ただし、伝統は古いものをそのまま残しておけば続くわけではない。
「伝統も伝灯も、ひどくもろく、消えやすい」
残された人間が胡坐をかけば、灯は消えてしまう。
だからこそ、常に新しい油を注ぎ、ときには新しい風を吹き込む。
そうして初めて、光は次の時代へと受け継がれていく。
この話は、モリ氏のダンサーとしての経験にもつながっていく。
「人も物も、すべては一人では続かない」
たとえ世界的なダンサーであっても、一人ではステージに立てない。
照明、音響、映像クリエイター、舞台スタッフ、そして観客。
さまざまな人の力が重なって、一つの舞台が生まれる。
ステージの中央には、スポットライトが当たる。
けれど、その光を成立させているのは、舞台の隅にいる人たちでもある。
一人ひとりが自分のいる場所を照らしているからこそ、中央の光も輝く。
それはまさに「一隅を照らす」ということなのかもしれない。
誰か一人がすべてを照らすのではない。
それぞれが、それぞれの場所で光を灯す。
その光が集まって、一つの大きな舞台になる。

イベントの最後に伊勢神宮での奉納の舞が披露されると、先ほどまでのトークとは一転、空気が静かに変わっていった。
音に身を委ねながら、力強く、そして繊細に動く身体。大きく踏み出す動きから、指先まで神経が行き届いた細やかな表現まで、一つひとつの動きに「光」というテーマが込められているようだった。
世界の舞台で踊ってきたダンサーとしての圧倒的な身体表現でありながら、そこにあったのは、誰かに見せるためだけのパフォーマンスではない。
祈り、感謝、そして「一隅を照らす」という思い。
これまで語られてきた言葉が、最後は「舞」という形になって会場に届けられた。
そして舞を終えたモリ氏は、会場にいる一人ひとりに向けて、最後のメッセージを届けた。
「光は僕にとって、量子力学ではないが、誰がどう見るか、誰がどう確定するかによって、すべて変えられる。
過去、現在、未来、すべてがつながっていて、何とでもなる。まさに希望の光だ。だから僕は、そこへ向かっていきたい」
その言葉とともに、この日のイベントは幕を閉じた。
舞、光、そして香。
一見すると異なる三つの世界をつないでいたのは、「光」という一つのテーマだった。
自分のいる場所で、自分にできることをする。
小さな光でも、それが誰かの隅を照らし、その光を受け取った人がまた別の場所を照らしていく。
「一隅を照らす」という言葉のように、光は一人で完結するものではない。
この日の最後に披露された舞は、そんな思いを言葉ではなく身体で伝える、静かで力強いメッセージとなった。

Photo:Hiroki Hara
Instagram:@hiroki_nsty
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