高岡銅器 展示会のお知らせ~第三回日本が誇る伝統産業展~ 4月6日~5月29日 香源東京銀座本店2階にて開催

高岡銅器

香源東京銀座本店にて4/6(月)~5/29(金)、富山県高岡市の伝統産業「高岡銅器」の展示・即売を行います!

富山県高岡市で生まれた伝統工芸「高岡銅器」。高岡銅器はたくさんの製作工程を分担しておこなう分業産業で、原型づくり、鋳造、研磨、着色など一つずつの工程に職人がいます。分業ならではの、仕上げの工程のみに打ち込んできた職人、研磨の工程のみに腕を磨いてきた職人、溶接の工程のみに心血を注いできた職人など、それぞれの工程のプロフェッショナルが高岡には数十人もいるのです!

今回は、複雑な工程のひとつひとつに入魂されたそんな高岡銅器の魅力を余すところなく詰め込んだ香炉・香立てのコレクションの展示即売会です!ふだんの生活で銅器には馴染みのあまりない方も、知っているようで知らなかった銅器の真価をご覧いただけること必至です!

第三回日本が誇る伝統産業展・『高岡銅器』展示会日時・開催場所
【開催日】2020年4月6日(月)~5月29日(金)
【場 所】香源東京銀座本店 2階
〒104-0061 東京都中央区銀座4丁目14-15 詳しいアクセスはこちら
高岡銅器の50種類以上の香炉・香立てを厳選して展示いたします。高岡銅器

高岡銅器とは

○銅器の歴史

銅器とは、銅を高熱の炉で溶かしたものを型に流し込んで成形したもので、この製法で作られた金属製品をまとめて鋳物(いもの)と呼びます。銅器は紀元前から使われてきており、日本には2200年前頃に伝わり、当時は古墳などから発掘されるような刀剣や壺などの容器、その他日用品などに銅器が用いられました。
銅は他の金属に比べると融点が低く、鉄よりも柔軟な素材のため加工しやすく、様々な用途に役立ってきた優秀な金属です。しかし伝来した当初は炉の建造技術が発達していなかったため火力があまり上げられず、純銅より更に融点の低い、スズとの合金である青銅を使うのが一般的だったそうです。
日本への銅器の伝来は今の中国、北朝鮮あたりに由来するといわれており、飛鳥時代に国内の銅鉱山が見出され、奈良時代には貨幣の「和同開珎(わどうかいちん)」に銅が用いられました。また東大寺の大仏建立にも銅が大量に必要とされたため、これをきっかけに精錬・鋳造技術が大幅に発達したといわれています。平安時代になってからは国が認める公的な職人が出現しはじめ、当時は寺院の装飾や仏具での使用が主だったといわれています。

○高岡銅器の歴史

高岡で銅器産業が興隆したきっかけは、1609年に加賀藩(現在の石川県)初代藩主・前田利長公(前田利家公の息子)が高岡城に来られ、その折に後々の産業発展のために大阪から7人の職人を招いたことが始まりだそうです。
当時の銅器は農器具での使用が多かったそうで、明治時代の文明開化期にはその加工の容易さから花瓶や香炉などの装飾品、美術品に多く用いられるようになりました。また、世界万博やパリの博覧会に高岡の地場産業を発展させる為に銅器を出品したのを皮切りに、アメリカやヨーロッパで人気を博し高級美術品として取引されるようになりました。

近代では仏具やお寺の紋章に高岡銅器の需要があるようで、先の大戦で釣鐘などの金属製品を軍艦や砲弾の製造のために供出しなくてはならなかったことから、作り直すなら高品質で年を経るごとに深みの増す高級銅器を使いたい寺社が多いようです。
銅で人物をかたどった銅像は昔からありましたが、昭和に入ってからは著名な作家や武将の銅像が日本全国にシンボルで飾られるようになりました。現在だと街のランドマークになっているようなキャラクター像なども実は高岡銅器製のものが少なくなく、こち亀、ワンピース、キャプテン翼など数えればきりがありません。この影響もあって高岡銅器の実力と知名度は確実な評判を上げ続けているそうです。
他にも政治家や有名企業からの銅像の製作依頼があり、一生のその先に残り続ける、歴史を刻むためにふさわしいものとして、高岡銅器は人を選ばず愛され続けているのです。

今回の展示会でお見せする高岡銅器を一部ご紹介します。

・高岡銅器 香炉 龍地紋香炉 小 徳色

・高岡銅器 香炉 七草香炉

・高岡銅器 香炉 月夜香炉 蒔絵

・高岡銅器 香立 笹に蛙 大

この他にもさまざまな高岡銅器をご用意しております。ぜひ展示会場でお確かめくださいませ。高岡銅器

(文:香源銀座店 お香コンシェルジュ 度会)

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